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パン種のように膨らむ恵み
2014 / 03 / 31 ( Mon )
 ウオーキング中に知り合った
クリスチャンの女性のお宅にお招きを受けてお訪ねしてきました。
おいしいお茶をいただきながら、
楽しい時間を過ごさせていただきました。

 座った時からずっと笑顔でこちらを見つめ続けていらしたので、
「何でしょうか?」と問いかけると、
「クリスチャンと話ができるのがうれしい! 
笑顔の人を見ていられるのがうれしい!」と言われました。
それは、私も同感でした。
そして、神さまの恵みはこうしてパン種のように膨らんで広がっていき、
お互いの笑顔も広がっていくのだなあと思いました。

 その方は、最近は毎日、聖書を読んでいることや、
「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい」
<ピリピ人への手紙4章4節>
というみことばが心に深く残っていることなどを話してくださいました。
そして、今、所属する教会を探していらっしゃるということでしたので、
神さまが導いてくださる御心の教会に行けるようにと祈っています。

 その方が話してくださったみことばは、
私が所属する教会のグループに与えられてた
今年度のみことばと同じものだったので、
神さまの不思議な導きを感じました。

 最後に、一緒に祈る時を持ちました。
祈っている中で、聖霊さまが触れてくださったのでしょうか。
その方は涙を流しておられました。

 さらに、共に祈りの答えを見ていけるように、
共に喜び合うことができるようにと願っています。
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17:38:00 | 2014年春 | コメント(0) | page top↑
すてきなコサージュ
2014 / 03 / 30 ( Sun )
 1ヶ月ほど前、母から「レース糸で編むか、ビーズで作ってね」
とコサージュ制作を頼まれていました。
でも、白いブラウスに合わせるというので、
手作りの品では白いブラウスには重すぎるので、
軽やかなコサージュを買ってプレゼントしようと思い、
何件かのお店を探して回りました。
ところが、いくら探し回っても、
これだと思う品物は見つかりませんでした。

 母がコサージュを使う日がどんどん迫ってくる中、ややあせりましたが、
それでも、神さまは祈りを聞いてくださり、
遅れることなく必ず見つけさせてくださると信じ、祈り求め続けました。

 そして、最初に見に行ったお店にもう一度行くようにという促しを感じたので、
そのお店に行ってみました。
最初に見た時には置いていなかったコサージュが、
卒業式、入学式のシーズンということもあってか、
棚にいくつも並んでいました。

 本当にありがたいことでした。
願った以上にすてきな品物を、思いがけずにお手頃な価格で求めることができ、
十分に間に合って、母に送ることができました。

「求めなさい。そうすれば与えられます。
捜しなさい。そうすれば見つかります。
たたきなさい。そうすれば開かれます。
だれであれ、求める者は受け、
捜す者は見つけ出し、
たたく者には開かれます。」
<マタイの福音書7章7、8節>
15:07:21 | 2014年春 | コメント(0) | page top↑
道筋が明確に
2014 / 03 / 29 ( Sat )
クリスチャンの知人と久しぶりに
ゆっくりと話をする機会がありました。

いろいろと話をするうちに、
自分がしなければならないことが
だんだん明確になってきたように思いました。

一人で考えているだけでなく、
クリスチャンの知人とみことばの恵みを分かち合ったり、
神さまはどういうお方かなど
さまざまな話をしたりする中で道筋が見えてきたり、
答えが与えられてきたりするので、
とてもありがたく思います。

「神よ。私があなたを呼び求めました。
あなたは私に答えてくださるからです。
耳を傾けて、私の申し上げることを聞いてください。
あなたの奇しい恵みをお示しください。」
<詩篇17篇6、7節>
21:36:41 | 2014年春 | コメント(0) | page top↑
若い女の子が ぴょん!
2014 / 03 / 23 ( Sun )
 スーパーマーケットの中で、100円ケーキのお店が展開していました。

 売り子さんは大学生くらいの女の子。アルバイトでしょうか。

 大きな声を張り上げて、お客さんたちにアピールしていました。

 その傍を通りかかった時、
私の目の前にその女の子がうさぎさんのように
ぴょんと跳びはねて出てきました。

 笑顔で、首をかしげて、
右手は斜め右上に伸ばし、左手は斜め左下に伸ばし、
左足は後ろにぴょんと跳ね上げて…。

 まあっ! その笑顔とそのキュートなしぐさのなんとかわいいこと!

 思わずケーキを買ってしまいそうになるほど、
アピール力、ばつぐんでした。

 その愛らしさを失わないでね、と思いました。

「まことに、私のいのちの日の限り、
いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。
私は、いつまでも、主の家の住まいましょう。」
<詩篇23篇6節>
20:22:34 | 2014年春 | コメント(0) | page top↑
春一番
2014 / 03 / 21 ( Fri )
 関東などで先日、春一番を観測したようですね。

 梅から桜へと季節は移り変わっていきますね。
 
 函館でも少しずつ暖かくなり、
だんだん真冬日を脱しつつあります。

 そして、庭に積み上げられた雪山を崩す、
春を呼ぶ恒例の作業も始まりました。

 重労働ではありますが、
春を待つ北国の人々の気持ちが込められている作業です。

 まだまだ寒い函館ですが、
心待ちにしていた春も決して遠くはありません。

「わが愛する者、美しいひとよ。
さあ、立って、出ておいで。
ほら、冬は過ぎ去り、
大雨も通り過ぎて行った。
地には花が咲き乱れ、
歌の季節がやって来た。」
<雅歌2章10~12節>
16:48:41 | 2014年春 | コメント(0) | page top↑
スーパー店長!
2014 / 03 / 17 ( Mon )
 よく行くスーパーマーケットでは、
動きが機敏で、喜々として働いている人を見かけます。

 その人は、品出しをしていても、
レジに行列ができているとさっとレジを担当し、
しかもあっという間に見事に行列をさばいていきます。

 インフォメーションコーナーにお客さんが来ると、
誰よりも早くその場に現われ、対応しています。

 そのような姿を見て、
わが家では勝手に「スーパー店長さん」と呼んでいます。
 
 ところが最近は元気がないように見え、
動きも以前のようではなくなっていたので気になっていました。

 その人のために、少しだけですが自分で祈っていました。

 そして、今日、お店で品出しをしている姿を見かけました。

 その後、レジに行列ができ始めると、
どこからともなくさーっと現われ、すぐにレジに立ちました。

 以前のような見事な動きを見ることができ、少しほっとしました。

「主は仰せられる。
『悩む人が踏みにじられ、貧しい人が嘆くから、
今、わたしは立ち上がる。
わたしは彼を、その求める救いに入れよう。』」
<詩篇12篇5節>
18:44:35 | 2014年春 | コメント(0) | page top↑
ほほえみが生まれる 幼児の姿
2014 / 03 / 15 ( Sat )
 雨の日の交差点での信号待ちのときでした。。

 向こう側には、足首までの長いレインコートを着て、
フードをすっぽりとかぶった2歳くらいの男の子と、
しゃがんでその子とお話をしているお母さんが並んでいました。

 かわいいお人形のようなレインコート姿と睦まじい母と子の様子に、
見ている者の心はほんわり、自然に笑顔がこぼれてきました。

 横断歩道を渡るときにすれ違ったほかの人もやはり笑顔になっていて、
「かわいいよね~」と声を掛けてきました。

 そこにいるだけで他者を笑顔にできるなんて、
すばらしいことだなあと思いました。

「見よ。こどもたちは主の賜物。
胎の実は報酬である。」
<詩篇127篇3節>
23:37:05 | 2014年春 | コメント(0) | page top↑
高齢者の知恵と配慮
2014 / 03 / 14 ( Fri )
 お野菜高騰の折、
1玉120円の白菜はとてもありがたく、早速購入しました。

 持参した買い物袋に入れる前に、
ポリ袋にその白菜を入れようとしましたが、
ポリ袋が小さかったので、かなり困難を極めました。

 でも、何とか入れることができ、ほっ。

 その時、横の方から視線を感じたので、そちらを見ると、
ご高齢の方がずっとこちらを見ていた様子でした。

 白菜をポリ袋に入れようと集中していたので、
もしかしたら隣にいたその方のおじゃまになっていたのかと思い、
「おじゃまになっていましたか? すみませんでした」と言って、
少し横の方にずれました。

 ところが、その方は
「いやいや。大変そうだから、何か手伝えるかと思って見ていたんだよ」
とおっしゃってくださいました。

 ずっと気に掛けてくださって、
手伝いが必要な時はすぐに手伝えるようにと、
じっと見守ってくださっていたのですね。
 
 すぐには手助けせずに様子を見ておられたというところが、
年長者の知恵と余裕のあるところなのだなあと
ちょっと感動してしまいました。

 こうして温かなお気持ちで見守られながら、
成長をさせていただくのですね。
 ありがたいことです。

「そのとき、あなたが呼ぶと、主は答え、
あなたが叫ぶと、
『わたしはここにいる。』と仰せられる。」
<イザヤ書58章9節>
21:29:32 | 2014年春 | コメント(0) | page top↑
高齢者を取り巻く社会
2014 / 03 / 12 ( Wed )
 スーパーマーケットのエレベーター近くを通りかかった時、
「店員さんですか?」とご高齢の方から声を掛けられました。

 「いいえ、違いますが、何か御用でしょうか?」と言うと、
床屋さんを探しているとのことでした。
その床屋さんの場所は知っていましたから、
一緒にエレベーターに乗ってご案内することにしました。

 ところが、やってきたエレベーターには何人もの人が乗っていたので、
歩行器を使っていたそのご高齢の方が乗り込むのは少し難しいかと見えました。
でも、中に乗っていた皆さんがさっとよけて真ん中にスペースをつくってくださり、
一人の女性は「ドアの『開』ボタンを押していますから、ゆっくり乗って大丈夫ですよ」
と声を掛けてくださいました。

 さらに降りるときにも同じように
「『開』ボタンを押していますから大丈夫ですよ」と言ってくださり、
中に乗っていた皆さんだけでなく外で待っていた皆さんも、
ご高齢の方がゆっくりと降りられるようにと、
じっと見守っていてくださいました。

 そして、案内した床屋さんでは、
入り口近くにいた若い男性店員さんに事情を説明したところ、
「大丈夫ですよ」と言って、
すぐにそのご高齢の方に必要な受付手続きの説明をしてくださいました。

 一人一人の皆さんのご親切が心に染みました。
いま、思い返しても、ありがたくて、うれしくて、涙が滲んできます。

「まことに、私のいのちの日の限り、
いつくしみと恵みとが、
私を追って来るでしょう。
私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。」
<詩篇23篇6節>
10:25:57 | 2014年春 | コメント(0) | page top↑
心の傷も 胸の痛みも
2014 / 03 / 12 ( Wed )
 ある集まりへのお呼びがかかりましたが、
あまり気乗りがせず、欠席の返事をしました。

 その後、クリスチャンの知人から
「自分で決めてしまわないで、まず神さまに祈って聞いてみたら?」
とアドバイスを頂いたので、
出席するのが神さまの御心かどうかを祈って聞いてみました。

 すると、「顔と顔を合わせて」「顔を見て」とか
「神さまの正義と真実が現される」とか「永遠の福音を携えて」など、
聖書を通して語られたり、預言のことばを通して語られたり、
思いの内に語られたりしたので、
出席することが神さまの御心だと思い、
あらためて出席の連絡をしました。

 集まりは何事もなく滞り無く進み、帰る時間となり、
参加者がそれぞれに帰りの挨拶などをしていたとき、一人の人が近づいてきて、
「何年も前に自分がしてしまったことによって、
ずっと心に傷があり、胸が痛んでいるのです」
と打ち明けてきました。
何年も前のその出来事の一方の当事者は私でした。

 すぐにその人のために、
「心の傷がいやされ、胸の痛みが取り除かれ、
解放され、祝福されますように」と祈りました。

 すると、その人は大粒の涙を流しながら
「ありがとうございました」と言って帰りました。

 神さまが心の深いところに触れてくださり、
いやし、解放してくださったことがわかりました。

 この事を通して、お互いがともに
神さまの愛と祝福を受けることができました。

 最初は、自分の考えで「欠席」と決めつけてしまっていましたが、
適切なアドバイスがあったおかげで、
「出席」という神さまの御心を選び直すことができました。

 そのことによって、長年苦しんでいた一人の人がいやしと解放を受け、
それは一人だけにとどまらず、
いやしと祝福のために祈ったこちらの祝福にもなりました。

 私たちの思いを超えて、はるかに大きく、深く、広く、
豊かな神さまの愛を知ることができた出来事でした。

「私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、
恵みの上にさらに恵みを受けたのである。」
<ヨハネの福音書1章16節>
10:21:02 | 2014年春 | コメント(0) | page top↑

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